「社会は絶えず夢を見ている」
2022年8月12日

おはようございます。医師の中村です。今日は、社会学者大澤真幸さんの著書『社会は絶えず夢を見ている』を紹介したいと思います。
大澤は著書の中で、現代の日本社会がかかえる問題を「資本主義による格差・排除」と「リスク社会」という視点で説明し、日本社会が実質的な連帯が薄く、人に助けを求められないような社会であると述べています。
資本主義とは私的所有と市場交換を前提としたシステムであり、必然的に格差や排除をもたらすシステムです(大澤 2011:175)。資本主義がもたらす格差や排除に対抗するには、国家権力による強制的な徴税を介した富める者から貧しい者へ財の移動、すなわち再配分を行う必要がありますが、日本の再配分率(再配分の総収入に占める割合)は25%程度と低く、アメリカと同水準であり(大澤 2011:135)、実質的な連帯が薄い社会です。
また、「リスク社会」とは第三者の審級(注1)が撤退した社会であるといいます。第三者の審級をわかりやすく言えば、善悪の判断の基準のようなものであり、神や科学などが第三者の審級の例といえます。第三者の審級が撤退(注2)し、善悪の判断の基準が存在するということが信じられなくなった社会では、すべては自分で選択しなければならず、選択の結果もすべて自己責任になります。
大澤は、北九州市で30歳の失業者が餓死した事件(注3)について言及し、第三者の審級が撤退した社会では、すべてが自己責任になるため、人に助けを求めることができなくなることを指摘しています(大澤 2011:223)。人が他人に助けを求めることができるのは、自分の窮状に対して、自分自身には責任がないと感じているからであり、悪いのがすべて自分の責任だと感じているとき、人は助けを求められなくなります(大澤 2011:224)。
在宅医療で関わる人の中には、周りの人に「助けて」を言えず、孤立している人たちに直面することがあります。大澤の指摘する「リスク社会」を実感しています。こうした困難をかかえる人たちに何ができるか、試行錯誤の日々です。

注釈
注1 第三者の審級とは、大澤の定義では「そこに帰属していると想定されたことがらについては、任意の他者が学習すべきことについての規範が成り立っているかのように現れる、特権的な他者」のことです。カルヴァン派の信者にとって、「全知全能の神」は、誰が救済され、誰が救済されないかを知っています。また、アダム・スミスは、市場の全体が「神の見えざる手」によって調整されていると述べました。カルヴァン派の「全知全能の神」、アダム・スミスの「神の見えざる手」は、第三者の審級の例です。「全知全能の神」や「神の見えざる手」といった第三者の審級は、何者であるかは知ることはできないが、実存(existence)すなわち「それがある」「それがいる」ということに関しては前提とされています(大澤 2011:218)。

注2 なぜ第三者の審級は撤退したのでしょうか。大澤は第三者の審級の撤退は「広義の資本主義」と関連していると述べています(大澤 2003:29)。グローバリゼーションにより資本主義社会の内部で通用していた規範が、世界中へと広がり普遍化していく。規範の普遍化が起こると、規範を担保していた第三者の審級が逆説的に摩耗します(大澤 2003:29)。第三者の審級の効力が著しく減退している兆候として、父権の失墜があげられています(大澤 2003:29)。杉万も同様のことを指摘しており、「交通・通信の発達によって、身体、事物、言語による規範の伝達は、ますます加速化し、広域化」していることをあげ、社会が複雑化し、今までは無縁であったようなさまざまな規範同士が影響しあうことにより、規範が一般化し、規範の機能が麻痺していると述べています(杉万 2013:185)。

注3 2009年のNHKの番組であるクローズアップ現代で取り上げられました。北九州に住む30代の男性は、学生時代は運動部で、身体も大きく丈夫でした。ちょっとした不幸から、正社員の職を失い、フリーターになった。不況のため職そのものも失ってしまいます。餓死するほど困窮していたにもかかわらず、生活保護を求めず、家族や友人・知人にもすがることもなく、ひっそりと亡くなっていました(大澤 2011:223)。

参考文献
大澤真幸(2011)『社会は絶えず夢を見ている』朝日出版社。
大澤真幸、東浩紀(2003)『自由を考える 9.11以降の現代思想』NHK出版。
杉万俊夫(2013)『グループダイナミクス入門』世界思想社。

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